抗癌剤の分子標的としてのホスホリパーゼCe (PLCe)
1.研究の概要とキーワード
ras癌遺伝子は、ヒトに発生する癌の約20%において突然変異によって活性化しており、癌化に関与しています。その遺伝子産物(Ras蛋白質)によって活性化されるホスホリパーゼC(PLC)であるPLCeを不活性化する変異を加えた変異マウスは、ras癌遺伝子の変異に依存性の皮膚二段階化学発癌に対して抵抗性を示します(写真)。このことから、PLCeがRasの下流で細胞の癌化に関与している重要な標的蛋白質である事が示唆されました。(特許出願済み:特願2004-122299)
(論文:(発癌実験に関して) Bai et al., (2004) Cancer Res., vol. 64, pp 8808; (変異マウス作成とその表現型に関して)Tadano et al., (2005) Mol. Cell. Biol., vol. 25, pp 2191)
2.他の研究との相違点・新規な点
これまでのところ、Rasによって直接制御を受ける標的分子がRas依存性の発癌に関わる事が実験的に示された例は、このPLCe変異マウスを用いた皮膚発癌実験以外では報告がありません。
3.内容
PLCeは細胞増殖因子などの刺激に応答して、Ras依存性にジアシルグリセロールとイノシトール3リン酸の二種類の細胞内セカンドメッセンジャーを産生し、様々な細胞応答を引き起こします。私達が作製したPLCe遺伝子に変異を導入し不活性化させた変異マウスの皮膚を、発癌イニシエーター(遺伝子の変異誘導物質)であるジメチルベンズアントラセン(DMBA)で処理した後、発癌プロモーターであるホルボールエステル(TPA)で20週間にわたり処理し、腫瘍(パピローマと扁平上皮癌)の発生を継続的に観察しました。この方法による腫瘍の発生は、ヒトの癌で見られるようなras癌遺伝子の活性化を必要とします。PLCeを不活性化すると、下の写真に示すように、パピローマの発生や、その後の悪性化が劇的に抑制されます(+/+は野生型を、DX/ DXはホモに不活性化された変異PLCe遺伝子を持つもの、DX/+はヘテロに変異遺伝子を持つものを示します)。また、この変異マウスの表現型解析から、この分子の不活性化は、胎生期の心臓半月弁形成の異常を誘導しますが、それも寿命を縮めたりするほどの重篤なものでは無く、またそれ以外の致死的な異常も引き起こさない事が分かりました。
4.研究の適用分野
Rasを標的とした抗癌剤は、ファルネシル基転移酵素阻害剤などが提案されていますが、いずれも良い効果を示しておりません。個体レベルでその重要性が示されたPLCeは、ras癌遺伝子変異を伴うヒトの癌において、有用な分子標的になると思われます。また、PLCeの不活性化に伴う異常は胎生期に限られるので、PLCeを特異的に阻害する薬剤は副作用の極めて少ない抗癌剤になる可能性があります。
研究者 枝松 裕紀、片岡 徹
神戸大学医学部 分子細胞生物学
神戸大学連携創造本部より
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- at 2006年12月26日